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広島の声

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女性 直接被爆・距離4.1km(祇園)
被爆時8歳 / 東京都板橋区5771

被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。  (1)原爆が落ちた後の事。
 姉と共に学校から集団下校する。様々な怖い、想像を絶した光景が、幼い(8歳・小 学二年生の夏)私の目に耳に入り、感受性が豊かだった分だけ、その異常事態は(其 の時のすべての行動の記憶は無いのだが)精神を阻み病んだ。
 あれが、きのこ雲だと知らされた。疎開して世話になった家には、大怪我や死亡した 人は、幸いにも出なかったが、メチャクチャとなった家は落着ところはなかった。然し、 母と共に極く親しい人の原爆被害者の家を見舞うのに同行した。母も若かったし、一 人で行くのが怖かったのだろう。幼い乍ら健気にも同行したのだが、そこで見たも のは、目も耳も覆う、残酷な光景ばかりだった。

 1人の女性は、全身にガラスの破片が入り、一つずつ取っているのだが、苦しい。も う一人の女性は、頭がざくろの様に割れ、重体だったが、収容される病院も無く、其 の後、二人共亡くなった。
 私は、失語症となり、自閉症となった。(大人達も大変だったのか、学校の先生でさ え、そんな私を変な子としか、あつかってくれなかった。)二年程続き私の人生に大 きく影響する。こうして思い出をたどると、胸がしめつけられる。
 戦争は二度とあってはならない。
 ノーモアヒロシマ。今こそ世界に叫びたい。
(2005年)

 今、自分で書いた事なのに、目頭が、熱くなり、胸が苦しくなる、これは体験した人の真実の胸のうちです。
(2010年追記)