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広島の声

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男性 直接被爆・距離5.5km(向洋)
被爆時10歳 11062

被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。  ◎8月6日の記憶(私の満10才の時)
 その日どこまでも空は青く澄んでいた。空襲警報のサイレンが響いた。私は庭へ飛び出し て空を見上げた。遠く銀色に輝くひとつの飛行機が飛び去ってゆくのが見えた。しばらく して解除のサイレンが聞こえた。縁側で本を開いて読もうとした時、ピカッと強烈な閃 光とドーンと家をゆるがす音と共に粉塵が充満し暗くなり、黒いにわか雨がしばらくつづ いた。私は夢中で妹と縁の下へもぐりこんだ。

 雨にぬれた母の声を聞いて庭へ出た。母の姿は2月に生れた弟が抱かれていた。北西の方向 眼前いっぱいにすさまじくもくもくと上昇する火柱は、純白色と真赤な噴炎が入りまじり、 吸い込まれる様な恐ろしく美しく不気味な時がしばらく続いて見えた。昼近く、半身焼き たゞれ耳が肩までたれ下がり、手の指が10数センチ下に、まるで幽霊の様に歩き去る人を 見た。父が大州橋を新聞を読みながら歩いてる時被爆し、新聞が燃えたと話していた。(爆 心地から約4劼反篦蠅気譴襦

 ◎弟の死
 幸運にも私の家族、何事もなく元気で2年が過ぎた。片言交じりで兄ちゃん兄ちゃんと 私を慕って遊んでいた弟が急に元気がなくなり、よく泣いて私を困らせた。そして亡くな った。原因はわからない。あの日の黒い雨のせいなのだろうか。弟の写真はない。
(2005年)