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広島の声

男性 入市被爆
被爆時10歳 7282

被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。  疎開先のお寺。朝空襲警報が鳴る。B29が一機青くきれいな空に銀色にかがやいていた。 小さな落下傘を落とした行方を目で追う内、建物の影にかくれて見えなくなった。真黄色な 山吹色の世界。室内にあったオルガンのキーが特に印象的でした。
 続いて爆風と音。紫色と灰色の雲。もくもくと巨大な雲が上って行く。何か空にあるかの様に横に広がっていった。
 やがてお寺の前の道に真黒になってボロボロの布をつけた人が。杖をついている人もいた。 ぞろぞろと歩いて来た。
 無言の世界。やがて新型爆弾が落ちたらしいとの事だった。
 国民学校5年生10才の私は家がどうなったか心配でしょうがなかった。
 あれから60年、あと40年もすれば確実に被爆体験者はいなくなる。過去の歴史となる でしょう。そうなる事を私は祈って居ります。
(2005年)

  原爆の日姉は広島女学院(ミッションスクール)1年生、学徒動員で軍需工場に働きに行っていた。
 姉の同級生で家が近所だったAさんは舟入川口町の自宅まで歩いて帰って来たそうです(約2k?)
 靴は焼けてはだしで足は3倍にふくれていた。Aさんのお母さんが姉はと聞くと、一緒にいたと言って、すぐ亡くなったそうです、姉の安否をたずねた時、母がそう言いました。65年間封印していた。
記憶です。
(2010年追記)