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広島の声

男性 入市被爆
被爆時21歳 8221

被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。  20、8、9妹をさがして市内入り暑い日を一日中歩いた。多くの被爆者の惨状を見て歩いた。
 戦争のない平和のありがたさを痛感する。

 被爆体験について
 平成7年 11月13日記す
 原爆投下はこの世に地獄を出現した。
 私は妹を尋ね探して八月九日友人と二人で入市し、そしてこの地獄の中を歩きいろいろ貴重な体験を した。その中でも今も強く印象として心に残っていることがある。

 午後も大方過ぎ私は友人は、疲れた足を引き相生橋を東進した。産業会館(今の原爆ドームであ る)前あたりであった、憲兵に連行され一人の若い米兵の捕虜が電柱に後手にくくられた ところに出会った。上半身裸体で半ズボン短靴をはいて金髪であった。頭は坊主刈である。 道路は近郊近在からの入市の通行人が右住左住していたからたちまち人垣ができた。 見物人の中から「この者は何者ですか…殺してもええですか」の声があがる。憲兵軍曹は群衆に事情 を比較的丁寧に説明した。そして憲兵は「この者は捕虜ですから。。。」と答えてその場を 立ち去った。

 虜して恥辱を受けるべからず自決あるのみ。日本人の当時の思想である。捕虜が国際法に基き保護されることを理解することは出来ない。 敵がい心は爆発した。群衆の中の一人が「こいつが広島をこぎゃんしやがったんじゃ」と叫び足元の煉瓦を拾い憎悪をこめて投げつけた。 それにつられセキを切ったように次々と煉瓦が投げつけられた。 私と友人は群衆の輪を離れた。人が無抵抗の人を殺すこの地獄を誰も制することは出来なかった。 広島の憎しみを一身に受けこの爆心地で息絶えた米兵の最后を目撃した。このことを私は忘 れることが出来ない。 戦争はあらゆる罪を犯させる。理性を失わさせる。誰が悪いと裁かれようか。今日の平和の有難さを心から感謝している
「今も忘れられないこと」
(2005年)