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広島の声

小田正史さん 入市被爆(松原)
被爆時14歳 / 埼玉県さいたま市見沼区11435

被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。  定時制高校を修了して大学入学のため東京に出て5、6年した頃から頭の髪が手櫛でかくと一度に10本〜20本抜けるようになり、電車通勤、通学の時電車のドアが閉まると電車の中に閉じ込められた感じになり不安の毎日でした。その後うつ病にかかり過去30年間悩み続け第2職場を首になりましたが今ではやっと良くなり元通りの生活になりました。あれもこれも被爆によるものと考えております。

 次世代の人達にこのような辛い思いをさせてはいけない、と思うこの頃です。
 まだまだ多くの人達が被爆で苦しみ、被爆者健康手帳を受けられないでいる人もいると思います。これらの人達が全員受けられる様祈っております。

 広島、長崎を始め第五福竜丸、チェルノブイリ原発の事故、臨界前核実験など再たびやらせないため頑張って行きたいと思っています。
(2005年)

 次世代に伝えたいこと、戦争はもとより、被爆体験は絶対にさせてはいけません。私は弱冠15才で乙種飛行予科練習生として、志願入隊。(終戦と同時に帰省途中、広島駅にて入市被爆したものです。昭和64年頃より腰痛がひどくなり、今は杖(ステッキ)無しでは外出できません。医者に検査をお願いしましたところ、腰部脊柱管狭窄症と診断されました。被爆したことをお話したところ、その影響もあるだろうと話していました。一度手術をしたとき金属の楔が6本背中に入れて止めてありますが、一向に良くなりません。現在も通院中です。次世代に被爆者を出さないために、最大の努力をして行かなければなりません。今は被爆体験聞き書き行動や朗読劇に資料を提供しています。最後に此地球から、いや宇宙から核が無くなるまで運動を続けて行かなくてはなりません。
(2010年追記)