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広島の声

中村文江さん 入市被爆(千田)
被爆時24歳 / 神奈川県横浜市磯子区11511

被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。  書く事が不自由になりましたので、申し訳ございませんが以前に記しましたもの何か参 考になればと添えました。失礼お許し下さい。

  被爆の実相とその後遺症
  戦後半世紀の重みを改めて感じ乍ら被爆者として苦難を乗り越え乍ら尊い試練を生かした証人としても余命を役立てたいと念願する。負傷者救援の為入市した僅かの日時だったのに数ヵ月後には膝関節の傷みで歩行困難になり、原因は全く分からないまま腹部疾患で入院手術になり生命が危なかった。その後肝炎で長らく入院し体力も衰え回復が長引いて気力も落ち不運を嘆き乍ら戦後の暮らしに落伍しては恥ずかしいと気力で自分を励ました。大学病院で甲状腺腫を悪性らしいからすぐ手術をと云われたので専門病院へ行き再検査の上で、手術の必要なく外来で治療し数年間通院していた。色々な疾病の原因は殆ど解明出来ないまま自費で処理していた事など長期間を疾病で費やした事を振り返っている。被爆直後、医師より奇形児が生まれる恐れがあるので、妊娠はなるべく避ける様にと忠告されたのを受入れ、実子のないまま老後の試練に遭遇している。

  爆弾投下直後入市し一日中徒歩で通過し公用の為遭遇の災難に見舞われた主人も、疾病に悩ませられ乍ら体験した悲惨さや残虐さを思い出す事を避け、殆んど話題にしない様卑屈さが粗暴へと移って悲しい事でした。他界する数年前には神経障害がひどくなり、日常生活も支障が多くなり幻覚、妄想で人間性が失われた様な錯乱状態が続き、私も途方に暮れ医師に相談しました処、染色体の異状が認められ、被爆の後遺症らしい事も判明しました。数年前、被爆者の染色体変化が学会で発表されました。広島は人体実験だった事も立証され、思い当る事多く、主人の病状を記録しておいて良かったと思っています。

  自分だけで総てを耐え忍びそれ等の経験を得難い教材の様に保って、これ以上はつらい事は起らない筈と決して弱音は吐かないつもりで口外しなかった事を記しました。

  一九七六年頃、国連放射線影響科学委員会にも協力要請が行われて国際シンポジウムの開催で「被爆の実相とその後遺、被爆者の実情に関する調査」の検討が広島で催されたのも二十年も前の事になりました。放射能の影響についてはまだまだ世論は高まっていなかった様ですが、五十年経た今日では医学、自然科学、社会科学などの専門家と共に研究討論の成果も内外に普及して来て核兵器廃絶の世論が高まって全面禁止へと発展する事と確信しています。生きる望みも総て失わさせる様な深刻な事態に追いつめられている人びとも多い様な現在、国民の一貫した援護協力を懇願して止みません。
(2005年)

  1977年、被爆後初めて実情を調査しまとめて発表する運動が実施され、それ等の結果が利用され保管の為に反映させられました。被爆者援護も前進させる資料となりました。調査によって初めて被爆者の生活状態も大まかに分類する事が叶った様ですが、あらゆる苦痛を聞いてもらう様な単純な成り行きには至りませんでした。被爆の体験や苦しみ等は色々な形で発表していますが、次々に疾病により治療を重ねていると1日も早く命が消える事を願っています。

 主人は染色体異常で死亡しました。染色体数が異常になる事など教科書で習った事も有りません。検査(肝炎で入院中)血液で判明した事ですが大学教授から伝えられ、その経過を探索する事にあらゆる事に努力しました。被爆当日入市によって全身の状況が次第に変化を起して行ったものと想像しました。

  「総合失調症(分裂症)」として要注意、と伝えられ、日常生活が全く平穏でなくなりました。
 ・社会生活困難 ・人格崩壊 ・幻覚妄想 ・自閉傾向 ・思考障害 ・暴力、失禁、排便行為 多重人格症状で知人に迷惑をかけていました。

  医者よりの警告は病院に収容すると尚々症状が険悪し事件を起す様な事も例があるらしいとの事で、暴力を覚悟の気持で家で介護の方法をとりました。家での会話は一切有りませんでした。世間へ事実を訴える事をしないで10年以上も世の中への犯罪に及ばない様決死の覚悟で日々を送りました。最近他国で被爆者の中から染色体異常者が現れたと書物によって検索しました。経験者は世界で初めて私が発表を出来たと思います。DNAまで破壊される経緯の人体実験を成しとげられたこと神仏のお加護と感謝しています。主人は51才で脳梗塞(病名)をして6日間入院により死亡しました。以来33年間私は1人暮らしの自由さを感謝し乍ら社会奉仕を心掛け乍ら被爆者でも強い信念で運命を潔く全うする事への先達として日々を輝やかす事に専念して行きます。
(2010年追記)