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広島の声

白水聖親さん 入市被爆
被爆時24歳 / 福岡県福岡市博多区3384

被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。  私は広島被服廠に勤務している見習士官でした。その時西条駐在所隊付でしたが、20 年8月8日に入市して被爆者の看護に当りました。同被服廠の広島本部は明治時代にで出来た赤れんがのがん丈な建物だった為、倒れずに使用可能の状態だったので市中で被爆した方々が皆裸でやって来ました。

 その方々をその倉庫の二階に古毛布を敷いてねかせて、ものの 言える間に住所、氏名などを聞いて、その方のところにおいて置くと、大抵の人が翌日死 んでいました。その方の氏名票を集めて死体は営内の広場で井げたにつみ上げて焼くのです。
 自分達の寝床もそのとなりにあったので夜通し死体の焼ける臭いが風にふかれ自分の 鼻に達したまらない夜を過したことが今も忘れられません。
 その時、今後アメリカがどんなに謝罪しても決して許されないと強く感じました。
(2005年)