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広島の声

岩崎章さん 胎内被爆
東京都世田谷区7654

被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。  胎児被爆者なので、実際の体験は語れません。
 しかし、兄弟らの話を聞き、事実関係がわかってくると、悲惨な情況や、アメリカへの 憤りが沸とうしてきます。
 又身重であったにもかかわらず、死ぬ直前迄被害者を献身的に、活動した母への“いと おしさ”が今だ心に残ります。
(2005年)

  改めて思うこと…母は8月に被爆し、11月に私を生んで3ヶ月後の2月に他界しました。身重であった母は、連日被災者の看護にあたり、(当時の住居は東練兵場の近辺であり数千人の被災者が押寄せ、地獄図の惨状であったと聞いている)その極度の憔悴から、幼い兄弟を残したまま、わずか42才で尽きてしまった。母の無念さを思うと、64年たった今も私の脳裏から離れようとしない。人間を標的としたこの原爆の投下は、いかなる口実も、いかなる言訳けも決して許されるものではない。
(2010年追記)