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広島の声

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松浦秀人さん 胎内被爆
愛媛県松山市832

被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。  胎内被爆の私は、母の体験をきいて育ったこともあり、大学時代から反核平和の運動に それなりに参加していましたが、長い間自分は被爆2世と思い込んでいました。31才の 秋、当地の被爆者団体の役員(故久保仲子さん)から声をかけられ、被爆者手帳の取得を 勧められて制度上一世であることを、その時初めて知りました。

 ところで私自身にとっても非常に興味深く、かつ、忘れがたいことは、その時の久保さ んの勧めに即応できず、手帳の取得をひるみ躊躇している自分を発見したことです。とい うのも、その時の私は、手帳を取得することによって固有の原爆症やさまざまな健康障害 を誘発することにつながるかのような不安心理に陥ったためです。勿論手帳の取得と健康 障害の発生の有無とに相関関係があるはずもなく、日頃は論理的で理詰めの性格だと思わ れている私としては意外な心理の成行きでした。(結局は翌日に手帳の申請手続きをとった 私ですが。)

 その後の結婚と子供の出産にもそれぞれに感慨があります。交際中の女性に被爆者であ るため最悪の場合子供に悪影響があらわれるかもしれないことを告げた上で結婚しました。 また第2子第3子の時にはある程度のゆとりがありましたが、第1子の出産日が近づくに つれて不安がつのり悶々としたものでした。とりあげた看護婦さんの「元気なお子さんで すよ」の声にどれほど安心したことでしょうか。こうした不安感はやりきれないものでし た。

 最若年の被爆者であることから当地で被爆者団体のお世話をさせてもらっている昨今で す。
(2005年)