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広島の声

加持静美さん 不明(古市町)
被爆時21歳 / 福岡県田川市9176

被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。  住んだ古市町、ヒバクチクに入っていません。となり町ぎおんまでです。
 旧住所広島県安佐郡古市町中筋。私はせんばい局に18才から務めていました。たまたま被爆の日は母が三滝町のめいの家に朝早く野菜の市場に行く馬車に出掛けため、局を休んで屋しきの畑仕事をした時8時過ぎ広島空B29機3、4キ見えて其の後1機がゲンバクを落としたのでパット空があかるく、私は我家にとびこみドント音と家の中のものがとびちり、しばらくすると可部線に乗るいとこがはだしでやって来ましたので私は母さがしに行き、道かう人は衣類も身につけず多くさん、軍人さん、古市オオメイ小学校、ひなんして来ました。ギオンの橋むこうは火の海行くことが出きなかった。夜中母45で我が家にかえってきました。

 7日の日からかいごのため、きゅうえんかつどう。毎日亡くなっててあてもむなしくヤケドの所ウジがわいていました。亡くなった人みよりもない人、毎日、川辺板橋をわたりかわらに穴をほりまいそうしました。其の後色々とあり24才の時、夜行汽車にのり福岡まで来ました。夫も3年前に亡くなり麻生セメントに33年務めました。おかげで体ぐあいは悪いですがせイかつしてます。書きたいことは沢山ありますがかきつくされません。もう一度ふるさとに来いと思っています。
(2010年)