english

ここから本文エリア

  • 閲覧上のご注意

広島の声

永谷幸子さん 健診(吉田)
被爆時16歳 / 兵庫県明石市13145

被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。  化学兵器を使える時代に、戦争は絶対にしてはいけません。私は女学校二年生の時の事 でとても心に痛いものを感じました。子供を呼びまどう母親の姿、友人をさがしもとめて 動き廻る人々、とても想像しただけで今も目の前にその姿が表れ胸の痛みを感じます。ど んな事があっても二度と戦争はあってはならないと深く深く考え祈る気持です。世界の中 では毎日の様に戦争で泣きわめき逃げまどってる人々が居ます。何とか戦争を止めてみん なでゆずりあって世界の人々が仲良く暮らす方法はないものでしょうか…こう言った 思いで毎日を過ごしています。
(2005年)

 私、旧制女学校2年生です。高等科を卒業して女学校の一年生になったため、広島の現地に行かなかったので現在があります。同級生の殆んどが死んでいません。私も胃がんのしゅじゅつをして現在にいます。

 日本ではいろいろな災害はありましたが…被ばくだけはどうしても納得いかないのです。急に何がどうなったのか、わからない状態での大きな事で、今だに腹が立ってゆるせません。焼ただれた人々の体に白いくすりを塗り、小さな麦むすびを渡し廻りましたが、食べるゆう気もなく生きていられるのか死んでいられるのかも分らない。毎日父母を追い、子供をさがす。親、本人の体も斑点だらけの姿等、今でも忘れがたい腹立たしい事はありません。戦争は絶体にいやです。米はいつわらずいいわけなどしないで日本をささえていくべきです。
(2010年追記)