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広島の声

石田満枝さん 健診
被爆時20歳 / 広島県海田町8202

被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。  2.父と弟が8月6日に広島に出かけて、父と弟は広島駅前で原爆に合い、二人は焼けどで身体焼き、弟は、8月14日に亡くなりました。父は三ヶ月ぐらいなおるのがかかりましたが、長いきして、平成3年に93才で亡くなりました。今は1人暮らしです。私80才になります。
(2005年)

 姉が病の為、弟の私が代筆致します。10km離れた我が家の窓ガラスが爆風で粉々に割れてしまったのを当時3才であった私は、はっきり記憶しています。それだけ原爆とはこわいものです。兄は黒の半ずぼんを着ていた為に体は焼けただれて薬もなく、いたがる兄の傷をひいらぎの薬やどくだみ草で治療していたような気が致します。なすすべもなく死んで行った兄の事を思うと無念でなりません。
世界から戦争がなくなり平和な世の中になる様、核廃絶を希望致します。
(2010年弟記す)