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広島の声

洲之内都輝夫さん 不明
被爆時18歳 / 愛媛県松山市9107

被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。  人類を滅亡させる原爆は、何如なる理由があろうと絶対使用したい国があれば、自国に被爆者が出たときどんな状況になるか、広島や長崎の資料を参考にして自国に落したらよいと思う。

 今年も夏がやって来ました。日増しに強くなる日差しは、私たちは被爆者に、60年前の広島、長崎 の地獄をすぐに思い出されます。あの惨めな姿を今もなおまざまざと心に描き、その後も 原爆症で苦しみながら亡くなった人々の叫びを、心の底から消すことが出来ず生き長らえ て参りました。
(2005年)

 被爆した私の夫は18才の時、広島で爆心地より約2キロの地点(比治山本町京橋川の付近の材木置場)で被爆し、辛ろうじて生き延びたものの、その後半生と云うものは実に病魔との闘いそのものでした。得体の知れない病気につかれたり遂には脳梗塞(半盲)→扁桃腺、林泉腺の癌→喉頭癌→胃の1/3を摘出手術などなど人知れぬ苦しみを経て、20年12月17日逝去しまして、夫の父も原爆で亡くなりましたが、夫や義父から聞いた原爆被災時の悲惨な生地獄の様子は、今もリアルに記憶に残っています。1発で20万人に全ぶ死傷者を出すなんてあんな爆弾は絶対使ってはなりません。
(2010年妻記す)