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広島の声

「直爆」は「直接被爆」のことで、原爆投下の際、当時の広島・長崎市内やその隣接区域で、直接被爆したことを示します。

直接被爆・距離2km(千田) 井口俊朗さん
8月8日より十日市町、小網町、紙屋町、広島駅の電車線の復旧に総力をあげて従事。
直接被爆・距離2km(比治山本町) 紅林正雄さん
大勢の同年兵が、親に看取られずに、息を引き取った事は、今思うと可愛想で胸が痛くなる。
直接被爆・距離2km(荒神) 三宅大悟さん
死ぬと思われる人には、身体に荷札をつけ、住所氏名を書いておけと命令され、死ぬと直ぐ荼毘にふした。
直接被爆・距離2km 女性
「死んだ方が良かった」と云うと、母は「わしがどんな思いで看病したか、わしの前でそんな事云って呉れるな」と。
直接被爆・距離1.2km(千田) 男性
窓ガラスから強い光と共に、校舎がたおれ、下敷となった。
直接被爆・距離2km(千田) 橘高博さん
何が起きたか分からぬまま、似島検疫所に送られたが、その夜、見ておられないような凄惨な光景に接した。
直接被爆・距離1.8km 渡邉定二さん
検疫所での夜は四方八方より助けを求める声で眠ることはできず、夜が明けると、無数が帰らぬ人に。
直接被爆・距離1.9km(千田) 中条一雄さん
母は背中一面のヤケドで苦しみながらムシロの上でのたうち回って死んだ。
直接被爆・距離1km(上流川) 水野潔子さん
建物の崩壊時、一瞬で光線と同時に埋まってしまったことは、今も忘れることが出来ない。
直接被爆・距離2km(舟入川口町) 中尾辰雄さん
直接閃光は浴びなかったが、崩壊した瓦礫の下敷きとなり、3時間余り失神。