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広島の声

「直爆」は「直接被爆」のことで、原爆投下の際、当時の広島・長崎市内やその隣接区域で、直接被爆したことを示します。

直接被爆・距離4.1km(南観音) 吉村克隆さん
つりズボンのボタンが4つ並び、真中にお骨がつぶされた様に固まっていた。柱にはさまれ立った状態で焼死したと思われる。
直接被爆・距離3km(大洲) 女性
夕方のように薄暗くなったと思うと次は真赤になり一瞬の中に壁が落ちて来た。
直接被爆・距離3km(牛田) 工藤敬子さん
体が弱くなった私に何度も母が枕元で言った事は「7才で死んでいたはずだから、回復出来ないでも、あきらめてくれ」だった。
直接被爆・距離3.5km(宇品) 川田義男さん
地上も焼かれると思う恐ろしさに体は震え動くことできなかった。天は暗黒となり太陽の光りは断たれ夜となった。
直接被爆・距離2.7km 沓木昇一さん
あまりにも多数のためであろう、焼死体を消防団の人達が消火用の長い鳶口で整理しているのを見て、地獄だと思った。
直接被爆・距離3km(長尾) 前山和彦さん
突然青い閃光が光ったと同時に百雷が一時に落ちたかと思う様な大音響がした。
直接被爆・距離2.1km(牛田) 堀江宏さん
水槽に人々が芋を洗うように飛び込んでいた。電信柱の登り手すりに馬の首がぶらさがっていた。とても驚いた。
直接被爆・距離3km(南蟹屋) 川野義光さん
孫が被爆の事を聞きたがるので話すが、どうしても当時の事が思い出されて涙声になり半分も話せない。
直接被爆・距離4.5km(宇品) 吉野勝さん
被爆65年は自身の年齢でもある。小さな命は、被爆を語れない年齢だった。
直接被爆・距離4.1km(仁保町向洋) 藤平典さん
御幸橋から市内に入った時、橋の石の欄干が南側に倒れ、片方は水中に落ち込んでいた。異常な威力に驚きいた。