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広島の声

「入市被爆」は救援や親族捜しなどで爆心地から約2キロ以内に入ったことを示します。

入市被爆 藤岡俊三さん
暗い焼け野が原にあちらこちらで青白い荼毘の炎が上がるの見て、これが現実かと信じ難く何回か自分の顔を叩いた。
入市被爆 大森克剛さん
孫娘が小学校に入学したとき「おじいちゃん日本戦争したことあるの?」とさもよそ事のように言った。
入市被爆(松原) 箕牧智之さん
昭和22年頃、市内電車が横倒しになっていた。原爆投下から2年後もまだ片づいていない広島市の現状。
入市被爆 北尾茂男さん
小生の足を握り「兵隊さん水を…」の声に水筒の水を…「こら、今その人に水をやると死んで終うぞ…」の大声。
入市被爆 國松博さん
父の骨を木片で拾おうとすると、サラッと崩れてしまい、つかむことが出来なかった。
入市被爆(大寺) 米今国彦さん
運命の6日0815には松山駅のプラットホームで原子雲を見ることになった。
入市被爆 濱口進さん
川面に浮かぶ死体は殆んど全裸で、潮の干潮で上流に下流に移動、硬直したままそれぞれ水の流れで動いた。
入市被爆 関俊治さん
東練兵場には、恐らく数万にのぼる負傷者が横たわり死の苦しみにもがいていた。
入市被爆(安佐南区) 広田節子さん
投下の惨状はこの目を疑い一面灰の砂漠情況。ただ無心、又言葉を失いなすすべもない。
入市被爆(仁保町青崎) 日野一利さん
終生、世界恒久的平和のために老骨にむち打って頑張って参りたい。