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長崎の声

「直爆」は「直接被爆」のことで、原爆投下の際、当時の広島・長崎市内やその隣接区域で、直接被爆したことを示します。

直接被爆・距離1km(三菱鉄工所) 小寺敏勝さん
三十名程の女の人と子供三人位の人数が百坪ほどのところにころがって居る。
直接被爆・距離2km(稲佐) 三宅昭ニさん
しゃがんで居た後から光を浴びて両耳・首の後ろ・両腕の肘まで火傷を負った。
直接被爆・距離2km(本原) 深潟恵智代さん
父は人間が死んだらこんなになるよ、と(骨を)見るように云ったが、私はその時は見ることが出来なかった。
直接被爆・距離1.8km(本原) 森フサエさん
乳房のとれた人、背中が黒く焼けた人等を見たがなんとも感じなかった。恐怖心もなかった。
直接被爆・距離1.2km(茂里) 宮崎貞雄さん
西の方を見ると真黒の中に太陽だけが真赤な日の玉となって浮かんでいた。
直接被爆・距離1.2km(浦上) 松藤税さん
隣で弟が苦しみながら私に云った。「兄ちゃん先に行くヨ」。私は「ウン……」。何も云えなかった。
直接被爆・距離1.5km(文教) 西川政見さん
軍属将校たちが戦争は今からぞと怒鳴り散らしている姿が、軍国主義のこわさが頭から離れない。
直接被爆・距離1.7km(本原) 深堀寛治さん
私の名を呼ぶ声に、見ると耳も鼻も頭も焼溶け丸く赤身で目玉だけ開け、水を欲しいと。
直接被爆・距離1.2km(大黒) 島野英二さん
背中に残っていた結婚時に贈ったワンピースの1片で姉の遺体の確認をした。木材もとぼしく、遺体を完全に焼き切れなかった。
直接被爆・距離2km(住吉) 山口元治さん
列車を待つ駅周辺は、それこそ人間の姿には見えない痛々しい被爆者で埋め尽くされていた。