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長崎の声

「直爆」は「直接被爆」のことで、原爆投下の際、当時の広島・長崎市内やその隣接区域で、直接被爆したことを示します。

直接被爆・距離1km(大橋) 吉見英喜さん
14才だった私は唯こわいばかり。死んだと思っていた人に足にしがみつかれて恐怖のあまりふり切った。
直接被爆・距離1.3km(西郷) 福井秀吉さん
父が当時勤めていた鉄工所で亡くなった3人の男の人に火をつけてやいた。その死体の「におい」を忘れられない。
直接被爆・距離2km(稲佐) 野下ヤエ子さん
小学校の裏に水のきれいな小川のような所に多くの人達が集まり、水を腹ばってのみそのまま亡くなったりした。
直接被爆・距離2km(平戸小屋) 木口久さん
何ごとも「平和であればこそ」。戦争はすべてをぶち壊し、この世の終り、地獄そのものだ。
直接被爆・距離1km(茂里) 黒田初代さん
原爆展のパネルを見たが、当時の事は分からないだろう。なぜならあの何とも言えぬ臭気は、どう伝ようもないから。
直接被爆・距離0.6km(城山) 関澤仁美さん
27才で亡くなった母。結婚する時、出産の時、色々つらい事があった時、そばにいてくれたらといつも思っていた。
直接被爆・距離1.5km(城山) 浦田藤枝さん
祖母と幼い弟2人妹2人は家の中で下敷きとなり焼け死んだ。生きたままやけ死んだ苦しみを思うと忘れる事はできない。
直接被爆・距離1.5km(井桶の口) 深井治夫さん
「助けて」「水を下さい」という声をきこえないふりをして、逃げた自分が許せない気持が一生ついて回ると思う。
直接被爆・距離2km(稲佐) 上川仁さん
「核廃絶」「ノーモア、ヒロシマ、ナガサキ」「ノーモア、ウォー」
直接被爆・距離1km(大橋) 松田政人さん
周囲は黒焦げになって息たえた人、傷の痛みでうめき声を上げる人々で生き地獄の悲惨な状況だった。