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長崎の声

「直爆」は「直接被爆」のことで、原爆投下の際、当時の広島・長崎市内やその隣接区域で、直接被爆したことを示します。

直接被爆・距離1km(大橋) 喜多岡数彦さん
そのうち火災が発生。みるみるうちに燃えひろがり助けられなかった事が今でも胸にやきついている。
直接被爆・距離1.5km(昭和町) 増田昇さん
亡父39才、亡母40才、亡祖母78才、亡弟1才未満原爆死。
直接被爆・距離0.6km(浦上) 持田照さん
廃壊と化した中で、幼ない兄、弟、妹で親の死体を焼く火。
直接被爆・距離0.4km(浜口) 江崎睦博さん
私は、2才で被爆したから何にもわかりません。
直接被爆・距離1.5km(茂里) 田中直喜さん
午前11時2分工場内にて被爆、夜7時過ぎ、防空壕の中で意識を快復した。
直接被爆・距離1.2km 高木杉夫さん
憲兵にたすけられ、2ヶ月九大病院に入院した。
直接被爆・距離2km(立山) 吉田靜男さん
その時前がひかりをおびた。木の中へかくれたことはおぼえている。
直接被爆・距離1.5km(茂里) 持丸瑞穂さん
逃げる途中、50才を過ぎた男の人が「天皇陛下万歳」と言ってばったり倒れ死んで行った。
直接被爆・距離1.8km(住吉) 河野保夫さん
死体につまずいて転んでしまい、死体の皮が手や服に付いてあらっても洗っても落ちなかった。
直接被爆・距離2km(向町) 山岡良人さん
住居もなく引込線に客車一台を入れそこで寝泊りして居た。