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長崎の声

「直爆」は「直接被爆」のことで、原爆投下の際、当時の広島・長崎市内やその隣接区域で、直接被爆したことを示します。

直接被爆・距離2km(稲佐町) 白石日出夫さん
二度とあの悲惨な地獄図の様な戦争はおこさせてはならない。
直接被爆・距離1.8km(稲佐町) 小出エミ子さん
当時九才の弟が服に火がついたまゝ防空ごうに泣きながら母の名を呼んで逃げて来た。
直接被爆・距離1km(城山) 湯浅笑子さん
一瞬にして家族5人の命を奪ったあの呪わしい原爆。
直接被爆・距離2km 坪内勉さん
本堂内での被爆の為、運よく身体に異常無く、軍人として何も言うことはない。
直接被爆・距離2km(油木) 女性
ブランコにのって遊んで居た2才くらいの男の子が光を浴びて、目の玉が無くなった。
直接被爆・距離1km(目覚) 大津千鶴子さん
家の下敷きになってる友が助けてと……火の手があがり助ける事が出来なかった。
直接被爆・距離1.2km(竹ノ久保) 河野田鶴子さん
人間が耐ええない体験をし亡くなられた方々の無念さを思う。
直接被爆・距離1km(大橋) 井手下重巳さん
くすぶる家の前で若い父親らしき人が妻か子供かを泣き声を立てながら探し廻っていた。
直接被爆・距離1.3km(大橋) 豊田嘉幸さん
看護婦は「みんな外のトラックにいるのよ。末期の水をのんでね。あなたは助かった。私うれしい」。
直接被爆・距離1.6km(家野) 黒岩貞義さん
同じ場所にいた級友は即死はなかったが2〜3日して死んでいった。それらの人をもくり返し思い出す。