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長崎の声

「直爆」は「直接被爆」のことで、原爆投下の際、当時の広島・長崎市内やその隣接区域で、直接被爆したことを示します。

直接被爆・距離1.2km(茂里) 男性
工場内で被爆し、工場を出て行く先をさまよった。
直接被爆・距離0.7km(坂本) 利根川シヅエさん
焦げた死体の上を踏み鼻を突くような悪臭の中を走り、坂本町の外人墓地まで逃げた。
直接被爆・距離1.8km(本町) 鶴崎慶吉さん
長崎原爆病院のような専門的な病院を地方にも設けて欲しい。
直接被爆・距離0.5km(城山) 宇田川摂子さん
家族は500mのところですので姉一人17日迄生きておりましたが、あとはほとんど即死だった。
直接被爆・距離1.2km(浦上) 渡辺イサ子さん
妹はばくだん、ばくだんと云って、私たちにかくれなさいと云って死んで行った。
直接被爆・距離1.5km(文教) 平川福重さん
毎年、小、中学校から依頼を受け、私の被爆体験を約45分話をしている。
直接被爆・距離1.5km(大橋) 三浦静子さん
ピカっと光った瞬間、光線を受けた首や背中に瓦の破片がバラバラと落ち夏だから服もうすく、いたかった。
直接被爆・距離1.5km(西郷) 原一さん
学徒動員により長崎浦上三菱兵器製作所に配属され、九死に一生を得た。
直接被爆・距離0.8km(尾上) 金田秀年さん
線路の下にしく枕木が一本一本焼けて行く。電信柱が一本一本焼けて行く。
直接被爆・距離1km(西町) 飛永頼節さん
自分の血尿が白い便器を染める。「次はおれか」。絶望的な気持ちで血尿を眺めた。