english

ここから本文エリア

  • 閲覧上のご注意

長崎の声

「直爆」は「直接被爆」のことで、原爆投下の際、当時の広島・長崎市内やその隣接区域で、直接被爆したことを示します。

直接被爆・距離2km(稲佐) 濱田國男さん
私の祖母も倒壊した家の下敷となり、助け出す事もできず、生きながらにして業火に焼かれた。
直接被爆・距離1.2km(大橋) 栄山時恵さん
被爆後、高熱、紫斑……脱毛とともに口の中が脹れ上がって飲食もできない状態になった。
直接被爆・距離1km(城山) 松尾俊彦さん
寮にいた人はまっ黒く焼けて、数人が生きていた。寮は全滅状態。城山小学校も1500人死亡した。
直接被爆・距離0.5km(上野町) 道上昭雄さん
一瞬にして5人の肉親を亡くした。16才の少年だった私は、未来永劫・原爆を憎む。核兵器の地球上からの廃絶を願っている。
直接被爆・距離1.6km(吉島) 出口久雄さん
大木が裂け、竹ヤブが根こそぎ引っくり返っているのを見て仰天した私は只アーアーと呻めくばかりだった。
直接被爆・距離1.8km(昭和町) 小園治好さん
上半身に大火傷を受け4ヶ月寝込み動けなかった。その後、若い年代は長く白血病で苦しかった。
直接被爆・距離1.6km(本原) 小林幸子さん
原爆の惨状は言葉で表現できない世界であり、又、画像であっても伝え尽くせるものではない。
直接被爆・距離2km(三篠本町) 坂本靖之さん
被爆直後、路上で泣いていた小学2年生の男の子を背負って避難した後の事が気になる。
直接被爆・距離0.65km(城山) 安部仁子さん
9人の家族の幸せも一瞬にして地獄になったが、今も元気で生きていることが不思議だ。
直接被爆・距離2km(八千代) 山本金次郎さん
核兵器廃絶の「けはい」でも生きている間にききたい。あとがない。