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長崎の声

「直爆」は「直接被爆」のことで、原爆投下の際、当時の広島・長崎市内やその隣接区域で、直接被爆したことを示します。

直接被爆・距離6km(時津) 田中重光さん
明るかった家庭が、原爆によって暗く閉ざされた家庭になってしまった。
直接被爆・距離2.6km 石原佐記男さん
死体を仰向けにして口を無理にこじ開け糸切歯を調べた。銀歯であった。母はその場に泣き崩れた。
直接被爆・距離3km 山内良巳さん
初めて死体を見た時、腰を抜かす程驚いたが、毎日その地獄の中にいると死体も一つの物として見る様になる、カンカクのマヒ。
直接被爆・距離3km(本紺屋) 野村義人さん
水々と言われ水道の蛇口を開いて水を飲まして差し上げた。その方達は今どうして居られるか。
直接被爆・距離4km(高平) 本多享子さん
一時気絶して、気がつくと家中はガラスが粉々で、畳が畳の上にが乗っていたり、ものすごい有様だった。
直接被爆・距離3km(竹ノ久保) 水谷茂さん
市電の終点、大橋がある。電車に吊り皮を握ったままの五、六の遺体が見えた。
直接被爆・距離2.4km(立山) 森山浩さん
亡くなっている母親の足を片方ずつ引いていく二人の幼子、亡くなっている人を背負っていく人。なんと凄い地獄絵か。
直接被爆・距離2.8km(片渕) 佐藤佰子さん
歯ぐきから出血し毛は抜け、きず口から血うみを出し乍ら、毎日浦上方面の社宅へ援護活動をした。
直接被爆・距離4km(寄合) 實本勝恵 さん
人間を山の様に積んで燃やしている異常さと、その時の臭いと煙が今でも頭に残っている。
直接被爆・距離3.9km(中新町) 吉田勲さん
昼間なのに夕方みたいに薄暗い感じだった。原子雲が市内に広がっていた。