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長崎の声

「直爆」は「直接被爆」のことで、原爆投下の際、当時の広島・長崎市内やその隣接区域で、直接被爆したことを示します。

直接被爆・距離2.5km 下釜綱男さん
海面に下を向いて浮いている人達、多数。水上警察の船が浮いている人達(仏様)を収容していた。
直接被爆・距離4km(大浦出雲) 栗山眞砂子さん
忘れ様にも忘れられない記憶。S20年8月9日長崎の空は晴れていた。
直接被爆・距離10km(園田) 山崎さん
核廃絶は非常にむずかしい事と思うが、道の長い運働で必ずやりとげなければいけない。
直接被爆・距離4.2km(南山手) 千足武彦さん
米軍が略奪の為家に来た。銃剣を突きつけ5才の私に歌を歌えと命令した。私は小声で歌った。
直接被爆・距離2.5km(飽の浦) 栗山末雄さん
私達被爆者今は平和活動を致し、二度と原爆をつくらないよう日本の反核平和運動を致したい。
直接被爆・距離4km 男性
焼け跡を父を探してまわった日々の光景、臭いは身体にしみついている。
直接被爆・距離2.5km(夫婦川) 高橋●二(●は日へんに完)さん
戦争は絶対に駄目です。平和・・・平和が続く事を願います。
直接被爆・距離5km(小菅) 山崎悦子さん
妹を横抱きにし弟の手を引いて裸足で割れたガラスの破片の上を走って防空壕に逃げ込んだ。
直接被爆・距離2.3km(尾上) 向井拾喜さん
長崎駅の待合室での人々の叫び声、諏訪神社方面へ逃げるときの周りの様子を見る気持ちも忘れて無我の状態。
直接被爆・距離4.5km(上小島) 不老秀子さん
学徒動員で浜口町の工場へと行っていたが、大勢の友や三菱の方など亡くなった。