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長崎の声

「直爆」は「直接被爆」のことで、原爆投下の際、当時の広島・長崎市内やその隣接区域で、直接被爆したことを示します。

直接被爆・距離3.2km(飽の浦) 田口通さん
下宿先に急いだが、すでに下宿屋は火の海で近寄ることは出来なかった。
直接被爆・距離2.3km(住吉) 河村信子さん
目を閉じ目を開けた数秒の間に私のまわりの様子が完全に地獄絵図に変わっていた。
直接被爆・距離3.6km(矢の平) 宮本信子さん
父が被爆して51才で死亡。残された子供は9名。下の妹は1才10ヶ月。さぞ残念だったと思う。
直接被爆・距離3km(大井手) 佐々木トシ子さん
あの時ひざにササッタガラス傷が未だに痛み、原爆の事を忘れる事が出来ない。
直接被爆・距離4km(滑石) 市原憲二郎さん
黒焦げで目玉だけが光り苦しみ呻きながら死に逝く人、助けようと手を差し伸べたら腕の皮膚がズルッと剥けた感触!
直接被爆・距離2.3km(立山) 塚崎幸彦さん
校庭に50人以上の負傷者が寝転んで待っていた。火傷を負いガラスの破片が皮膚に刺さった人、爆風で皮膚がたれ下がり骨の出ている人等々。
直接被爆・距離3.7km(丸山) 吉田義晃さん
衣服が袖から垂れ下がっていると思ってよく見ると、焼け爛れた皮膚であるのが解り、ぞーっとした。
直接被爆・距離3.4km(飽の浦) 山本富子さん
せん光を受けた皮ふに糸より小さいウジが盛りあがって、お母さんがハシで取ると悲鳴をあげていた。
直接被爆・距離2.5km(西山) 樫山健治さん
被爆者は山越えして逃げて来られ、全員真黒にヤケドしていて水、水、水、と云って歩いていた。
直接被爆・距離4km(中小島) 田中清子さん
急に外がパァと明るくなり昼なのに焼夷弾かなと一瞬思った。