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長崎の声

「救護被爆」は被災者の救護、遺体処理にあたるなど放射線の影響を受ける状況にあったことを示します。

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救護被爆 多々良美治さん
人のいないところでは、もう髪の毛は生えてこないと、何時も涙を流して泣いていた。
救護被爆(大村市) 小嶋武さん
校舎2階から見た長崎方面は黒煙が入道雲のように立ちこめ、雲の中は赤い焔が燃え上がり、太陽を遮って薄暗った。
救護被爆 山本光枝さん
被爆から1週間。やけどや創傷が化膿し異様な悪臭がただよい、ウジ虫が発生し始めていた。
救護被爆 女性
人間がこんな姿になるとは、この時始めてこの戦争は勝つのだろうかと感じた。
救護被爆(諫早) 中道澄春さん
15〜16才位の女学生、血痕のついた衣服はボロボロで顔や手に火傷を負い……いたましい光景であった。
救護被爆 塩田清さん
4、5歳の男の子は誰にも、親も兄弟にもみとめられず、静かにねむれるが如く此の世を去っていた。
救護被爆(出島) 福井キミさん
職業柄慣れている私でさえ目を覆いたくなるような惨状だった。
救護被爆(大村市) 女性
話が出来ず声が出ない患者さんが、かすかに口を動かし力のない手でモンペのすそをひっぱる。
救護被爆(寺町) 筒井ハルノさん
ほとんどの人が「水が欲しい」とうめいておられた。今思えば、水を飲ませればよかったのだが。
救護被爆 芦塚ハルノさん
原爆投下時はすでに優秀な学徒は殆んど死に、残った工場は少年少女の学徒だった。
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