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長崎の声

「胎内被爆」はまだ生まれておらず母親の胎内での被爆を、「健診」は被爆者健康手帳はないが、黒い雨が降るなど指定された地域にいて健康診断を受けられる人を示します。

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健診 梅田接平さん
あの恐ろしい体験は今だに人に伝えたい、忘れられない原爆だった。
不明(東立神) 小畠守生さん
13〜15才の少女達が夜「水を下さい」と叫ぶ。持って行くと、ごくりと飲んであの世へ。
不明(新大工) 松崎勇三さん
姉の顔が、正面から浴びた熱光線のため大火傷で、誰の顔か判別できず、他人と思った。
不明 男性
惨状の中でも軍関係者は高圧的で、被爆翌日から後片付けに使役され、一夜野宿させられた。
不明(大浦) 小嶋美智代さん
「ピカッ」と光り、ドーンと音と地響きと爆風にとばされて、気づいた時、私は下の溝の水の中に立っていた。
不明(旭町) 井手弘毅さん
兄は玄関に立っていて床下の中にころんでいった。母が名前をよんだら、はい上ってきた。
健診 古木泰男さん
空が雨雲になり、その後、紙きれや土などが落ちてきた。夜長崎市内の方向が真っ赤なほのおの色で明るかった。
不明 女性
願う事は戦争のない事と子供の幸せ。今91才の私は、いつ天国にいってもよい心だ。
不明 松坂信子さん
ヒザから下はガラスの破片が数えられない程つきささってて、足の筋肉の中にすい込まれるように入ってしまった。
胎内被爆(元船) 男性
戦争が日本国民の生活をおびやかし、生死をさまよわせ、家族をばらばらにし、人生をめちゃくちゃにした。
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