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長崎の声

男性 直接被爆・距離1km(駒場)
被爆時14歳 5234

写真撮影:松本栄一
被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。
 渦巻く炎の中よりボロボロの身で道より出てきては、浦上川の土手から身を落とし転がるよ うに川辺にたどり着き、水を飲んでは天を向いてゴロッと倒れ死んで行く姿が眼に深く刻み込まれています。地獄を見たような思いでした。
 父・母・兄弟・親類は浦上近くの自宅で、一瞬にして死んでしまいました。自分は浦上付近で電車乗車中に原爆に吹き飛ばされ被爆しましたが、奇跡的に生き残ってしまいました。自宅にたどり着いたときには両親はすでに骨となっていました。

 ほかにも色々と思い出されては悲しくて、悲しくてなりません。原爆投下直後の、この恐ろ しい様をどんなにして伝え残したらよいのか解りません。
 これだけ多くの方々が亡くなられたのは、ある一部の上層部の人間(東條英機たち)の命令に よって戦争が行なわれたせいなのです。これから立派な人物になるであろうという大切な若者たちに爆弾を抱えさせ特攻させてしまうような恐ろしい戦争を。
 ほんの数人の指導者で決められた戦争は、国民の意思や命などなど全く尊重されることなく 続けられたのです。みんなで、国民も一緒になって戦争を行なっていいのかどうか、止めたほうがいいのかしっかりと協議されていればこのようなことは起こらなかったのかもしれません。

 原爆投下のことは、決して忘れられることではありませんが、私達が人類最後の不幸として 現在とどめられていることが何よりであると思っております。
 原爆は絶対に使ってはなりません。原爆を作ったり実験したりするお金があるのなら、それ は世界の平和のために使わなければならないものです。
 同じ苦しみは、決して、二度と誰にもさせたくありません。
 私は、どうか私達が人類で最後の原子爆弾の被爆者となることを、心から切に切に願って止 みません。
 あの浦上での出来事に、人類が眼を背いてはならないのです。
(2010年書き換え)