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長崎の声

宮崎昌宜さん 直接被爆・距離1.6km(幸町)
被爆時16歳 / 佐賀県太良町8558

写真撮影:松本栄一
被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。
 被爆したことによる健康への自信喪失、不安、とくに風邪に対して弱くなった様です。会 員の共通の病状とも思います。
 学徒動員の中15、6才では恐怖と不安、忘失状態から被災者の救護など、思いも及ば ないようです。(年齢段階から)年齢と共にその悔悟の念が強くなり、良心的な面が目覚めてきて、己心の不安へと転じてきます。

 被爆後60年、青少年の原爆に対する理解と認識に差異があるようです。各学校〜とくに 小学校段階での平和学習を強く推進する必要があります。青年、大人になっても学習した 事が強く残るのは3〜6年生のようです。それに母親への学習です。
 ともかく年々風化し夏になると流行病のように、被爆風が吹き去っていきます。世界一の平 和、自由平等、平等ボケしてきているようで日本、世界の民族の危機を感じます。

 被爆して下宿屋にて通夜、翌早朝、爆心地を通過して諫早へ徒歩で。二週間後、再入市して 城山町一帯の復旧作業。その後、進駐軍の使役労務を大橋町、城山一帯に従事。こんな経 過人生していながら、人並の健康でいるのが不思議です。神仏の加護か?
(2005年)

 地元の小、中学校の「平和学習」の時間をいただいて「実体験者として実相の語りつぎ」〜講演をしていますが(長崎の平和会館から坑弔鮗斃僂珪絮任鯤四僂靴董法∋匐|が「恐しい、悲惨、等々」で見たくない傾向があると申し、先生方自身も遠ざけようとしているようです。

 先生も説得しています。―悲惨を見つめえない子供、人間に育てると、災害、事故等の時に、人の血を見ながら救済行動のできない子供になりますよ、ひとりよがりの平和と幸をのみ願う人間になりますよ、「しっかり指導して下さい、先生!!」と。
 修学旅行生さえもが、パネルに目をそむけると聞きます。平和な中に、人の災禍をみて、愛の手をさしのべ得る行動力ある青少年を育てたいものですね。
(2010年追記)