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長崎の声

女性 直接被爆・距離1.4km(大橋)
被爆時15歳 1072

写真撮影:松本栄一
被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。
 75才の私ですがそれなりに体力もよわってます。でも現在の自分がそこそこ健康なの で感謝してます。それは友人に対して(原爆でなくなった)生きてるのが今でもすまない気持です。私の 命のあるかぎり平和活動に協力していきたいと思ってます。
 現在署名運動で街道にたってますがいちぶの人はとても無関心です。危機感がうすれて ます。いろいろと北朝鮮、イラク等中国もふくめて日本の外交、外務省のやり方にはがゆい気持です。しっかりと日本の主張をのべてもらいたい。追米外交に反対します。命の大切さ、折あるごとに、まご達には話してます。
 被爆60年のアンケート等でマスコミで本当の事を報道し、国民のよろんをたかめてほ しいです。
(2005年)

  終戦後今思えば私はうつ病の状態だったと思います。亡くなった友達から私は生かされていると認識してから私の生き方が変わりました。ふりかえると理解ある夫にめぐまれ子供も授り感謝の日々をすごし幸わせでした。
 私は学徒動員で三菱兵器製作所で原爆の被害をうけました。全体の被害の状況はよく知りませんでしたが、一九九五年(平成七年)の朝日新聞ではじめて兵器製作所被害を知りがくぜんとしました。
 年令からすれば人生の終列車にのっています。最後のしめくくりとして2010年のNPT再検討会議要請代表団の一人としてアメリカ、ニューヨークへいきます。微力ですががんばりたいと思ってます。戦争のおろかさを子供達へつたえないと。
(2010年追記)