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長崎の声

神田榮守さん 直接被爆・距離1.5km(家野)
被爆時14歳 / 長崎県佐世保市126

写真撮影:松本栄一
被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。
 3項に特定しないままに……。
 14歳で被爆し、60年を経ています。かなりの間、被爆の体験を口にしたくなくて、 過ぎてまいりましたが、やっと同じ仲間の「体験記」を一冊の本にしようかという提言が あって発起したことでした。
 しかし、80名中、死没した仲間は31名。残った49名の過半の者が賛成しなかった ので、仲間の絆をおもんぱかり、その刊行を断念しました。書きたくないというのが主な 理由でした。
 故あって、私の手許に届いた十六名の被爆記がもったいなくて、長崎市平野町の「国立 長崎原爆死没者追悼平和祈念館」の「豊」氏に一括印字・印刷して送り届けました。

  「キノコ雲のない空を」―少年たちの809―と標題し、自由に冊子としてできるよう にまとめております。
 残念なのは、写真とか、遺品とか、絵といった資料のなさか? それで、あとは、49名 の中の半分近くの者の放射線による火傷の身体だけが、唯一の資証であろうと思います。
 二年に一回の(仲間会)開催は県下を巡って行ってまいりました。高齢化し、それぞれ がかかえる持病の苦しみのために半数をやっと越える会合となって来ています。60周年 を祈念して、今年長崎に集うことになろうかと考えています。

 ※長崎新聞社連載記事「忘れられぬあの日」―私の被爆ノート―に、仲間の内4人が、 インタビューを受け、聞きとり記事として、取り上げられています。
(2005年)