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長崎の声

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野下ヤエ子さん 直接被爆・距離2km(稲佐)
被爆時11歳 / 東京都足立区1080

写真撮影:松本栄一
被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。
 10才の時に被爆に合いました。長崎です。
 稲佐小学校の裏の坂の下の方に雑木林がありきれいな水がチョロチョロと流れて深サ10cm位の小川のような所がありました。よくその場所は遊びに行った所でした。空襲があって、しばらくしてから、多くの人達がそこに集って来ました。焼け、ただれた着物で又、体がやけどで血だらけの人、足を引きずり乍ら、泣きながらとぼとぼと歩いて来て居ました。みんなその様な人ばかりです。多くの人は、そこの川の水をのんで、腹ばってのみそのまま亡くなってしまったり、キズを洗ったりしていました。稲佐橋で見た川の中には、ぱんぱんにふくれた人達が(亡くなった人)プカプカ一杯浮いていました。
 死ぬ迄この光景は忘れる事が出来ません。

 私の姉の主人になる人は、造船所で働いて居まして、被爆しました。直後の頃は私達や 家族のために一生懸命食糧をさがして来て、ある時は缶詰工場から缶詰などをさがして来たりしてめんどうを見て下さって居たのに、被爆からしばらくして急に亡くなって終いました。具合悪いのに一生懸命していただいたのだと思うととても胸が傷みました。これからの人達に戦争はどれだけ大きい傷を負うかという事を知ってほしいと思います。人は平和にしあわせに生きるべきです。
(2005年)

 長崎県の稲佐で被爆しました。距離は爆心地から1.8〜2キロの所です。
(2010年追記)