english

ここから本文エリア

  • 閲覧上のご注意

長崎の声

黒田初代さん 直接被爆・距離1km(茂里)
被爆時19歳 / 熊本県宇城市1804

写真撮影:松本栄一
被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。
 1.山王神社のふきんには、幼子の焼けこげた死体が何十体も両方に並べられていた。 馬車が人もろ供に焼けこげて、何とも言えぬ臭気があたり一面ただよっていた。目 をおおうばかり、さながら地獄そのものだった。
 60年もたつのに今だにあの地獄の夢を見る。いつか原爆展のパネルを見たが、あの 当時の事は分からないだろう。なぜならあの何とも言えぬ臭気は、どう伝ようもない から。
 2.ただ戦争の為に亡くなった人達、色々の人生があったろうに本当に気のどくでな らない。幸にも生きのびる事が出来た私、今後をしっかり生きねばと思う。
 3.放射能の影響で子や孫の健康に悪い影響が出ないかと心配でたまらない。 戦争はしてはならない。勝っても負けても良い事はない。ましてや原子爆弾など 使用する事など、とんでもない。身をもって、被爆国になったのでその犠牲をよくよく 考えて下さい。
(2005年)

  被爆の場所は茂里町 1Km

  山王神社は、長崎の浦上駅と大橋町の中間で、坂本町の、近くにあったと思う。色んな、人のあまりしない様な病気もしたが、一瞬の閃光でふり返った時、顔をけがしたけど生きてるかぎり、そのきずも、消える事もなく八十四才の今日迄どうにか暮らして居ります。
 一日も早く、原爆が世界中よりなくなるのを心より祈りつゝ、皆々様の御活躍をお願致しま す。
(2010年追記)