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長崎の声

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湯浅笑子さん 直接被爆・距離1km(城山)
被爆時15歳 / 兵庫県神戸市須磨区5791

写真撮影:松本栄一
被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。
 75才の胸の中には、いまだに両親、兄弟、肉親の無念の呻きが潜んで居ります。一瞬 にして家族5人の命を奪ったあの呪わしい原爆。何もなくても幸せだった頃、よもや私1 人で世の中に放り出されようとは思いもしなかった。家族はどこかに逃げてるものと、城 山町をあちこち探しました。けど黒焦げの死体や瓦礫ばかりで、やっと八幡神社の裏にあ る池まできて見て、何とそこは又地獄だった。水を飲みたくて多勢の人が必死で辿り着い たものの、あと少しの所で水に手が届くというのに、息が切れたのか、手を虚空にのばし、 何かにすがりつきたかったのでしょうか?服も熱でやけきれたのか、皆丸裸で顔も何もわ からない死体ばかり。

 悲しみが一挙に押し寄せ、涙が溢れ出し、胸が張り裂ける思いでし た。「お母さん、お母さん」ありったけの声で叫べど、返事はありません。涙が涸れるまで 泣きました。私も皆と一緒に連れて行ってー。必死で願いました。一時は気力もなく、夢 遊病者になり、髪も抜け、駄目と思われたのが、何とか死線を乗り越えて元気になりまし た。罪のない何万人もの人の生命を奪った原爆の事を世界のどれだけの人が知ってるでしょうか。次世代の若人達はもっと平和の有難さ、生命の尊さに目をむけてほしいと思いま す。
(2005年)