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長崎の声

渡辺イサ子さん 直接被爆・距離1.2km(浦上)
被爆時19歳 / 福岡県北九州市八幡西区9610

写真撮影:松本栄一
被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。
 私の妹、磯辺ハマ子は、原爆にあった時は16才でした。長崎の大はしで、学とどういんで、3081工場で原爆にあいました。それから3日目にうちにかえりました。それから、ねこんでしまい、ずっとわるかったのです。8月31日朝5時に死にました。そのときにばくだん、ばくだんと云ってなくなりました

 そのときに、ばくだん、ばくだんと云って、私したちにかくれなさいと云って死んで行 きました。その事が今でも、わすれきれないです。それから妹やく時の事です。新地のひろ ばで死体をやきました。その時に妹が、中中やけなかった物ですから、私くしの父がやけない物ですから、トウユかけたりしてやいたそうです。
 その後父がバカになり、69才で死にました。
 自分の子供を父がやくのだから、それはたまらないです。その後、私くし渡辺イサ子がわる くなりました。その事と一しょうわすれきれませんです。妹ハマ子の事と一しょうわすれきれませんですね。つらいですね。私くしも妹より、ひどかったのですよ。
(2005年)

  私くしも毎日病院へかよって居ます。足こしがわるいものですから、内科、眼科、皮ふ科に行て居ます。
 にどと、こんな事がないようにおねがいします。
(2010年追記)