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長崎の声

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女性 直接被爆・距離3.3km(鳴滝)
被爆時16歳 6070

写真撮影:松本栄一
被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。
 1.8月9日、空襲警報が鳴ってすぐ防空壕に走り出した。ふと、右斜め上を見ると、3 個の落下傘。「あら、今、何んで」と思った瞬間、もうもうと土、砂煙、すぐそばに爆 弾が落ちたかと思った。気を取り直し、又、壕に走りました。((仁田小学校)代用教 員で日直で出勤)その夜は壕から出たり入ったりして、燃えさかる情景をこわごわみ ていました。ずっと火の手が廻り、県庁も燃え、市役所の手前で止まりました。今も この様は脳裏にやきついています。後になって原爆である事を知りました。翌日鳴瀧 町の自宅にもどりました。

 2.妹が大橋工場に学徒動員で出勤していて、帰宅していない。両親、叔父がさがしても わからず、3日目に諫早市の小学校に収容されていた。しかし硝子の破片を沢山、腕、 足、首にうけていたが、姉2人が3日目につれて帰ってきた。

 3.親友が亡くなった。水泳部で4年間一緒にやってきたのに、その方はお父様を残し皆 亡くなられた。(お父様は長崎高女の生物の先生で水泳部の顧問をして指導していただきました。その日は西山町の学校へいらっしゃいました。)

 4.絶対に戦争はあってはならない。今現在も武器を使っての小競合がたえない。核兵器を 保有している国が増えている。どうしたらなくす事が出来るか、名案が欲しい。国連 はもっと強くなって解決出来る方向に進んで欲しい。何としても世界中が平和である 事を心から祈るばかりです。
(2010年修正)