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長崎の声

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内田美喜江さん 直接被爆・距離3.4km(中川)
被爆時16歳 / 長崎県長崎市6080

写真撮影:松本栄一
被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。
 (1)私の家を中心に10メートル内の近所の人が7名亡くなりました。その1人が、大やけ どの体をふりしぼりながらのガンバリで、浦上の方から8時間かけて帰宅され、その姿 をみました。新婚さんで、赤ちゃんが生まれたばかりでしたので、その子どもさんに会 いたさ一心だったそうです。全身がふくれあがったようにパンパンの状態で、ある部分 はどす黒く、そして赤く血がにじみ、考えたこともない形相でした。その方は子どもさ んの名を呼びながら、その夜亡くなられました。私たちも一緒にみんなで手を合わせて 泣きました。この夜のことは一生忘れることはできません。

 (2)その一家はおくさんと子どもさんですが、実家の五島に帰られました。父親の顔も知ら ない子どもが今年は60才となります。私にも一人息子がいますので、また孫も二人い ます。この3代の関係を絶たれた人たちの無念さを思うと、戦争体験だけは絶対、孫、 子に渡せるものではありません。それが亡き人たちへの供養だと思っています。

 (3)どんな意見の対立、特に国家間の場合、武力をもって、制することだけは許してはいけ ないこと。勝利者側も敗者にも同様の犠牲をともなうものだと伝えたい。この世で一番 大切なものは生命、人のいのちだということです。戦争は文化も愛も暮らしもすべてを 破壊してしまいます。人類の歴史を否定することです。したがって、今日の日米関係を 改善して自主独立、そして民主的な日本をつくるよう訴えたいものです。
(2005年)

  五島に引き揚げられた方の姓が近所の方の努力でわかりました。藤原さんというそうでした。
(2010年追記)