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長崎の声

宮内久仁子さん 直接被爆・距離2.5km(片渕)
被爆時14歳 / 東京都大田区6587

写真撮影:松本栄一
被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。
 私当時女学校3年の夏でした。
 学徒どういんで学校工場で三菱造船所の仕事でした。せんばんを使って工具を作っていました。二年生より、仕事にあけくれる毎日でしたけど、友達と逢うのが楽しみでしたけど、その日は昼の12時よりの出勤でしたけど、(長崎浦上)よりの友達が多かったので、一しゅんにて友達死亡。
 今でも長崎にかえった折りは、いき残った友達と逢い病気しない様いつまでも元気でいよ う、死んだ友達の分も生きのこって過ごそうとちかいあっています。途中で死んだ友達も多いですけど、死亡通知のしらせが一番つらいです。
 生きるかぎり、一生懸命毎日を過ごして元気でいようと思って毎日を息子と共に生きよう、 頑張ろうと思って過ごす毎日です。
(2005年)

  元気でがんばっています。9月になったら80才。
(2010年追記)