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長崎の声

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塚崎幸彦さん 直接被爆・距離2.3km(立山)
被爆時18歳 / 福岡県福岡市博多区8373

写真撮影:松本栄一
被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。
 8/9原爆投下后、重傷者を仮の病院となっていた勝山小学校(現在の桜町)に治療のため連れて行きましたが、校庭に50人以上の負傷者が寝転んで待っていました。火傷を負って ガラスの破片が皮膚に突き刺さった人、爆風で皮膚がたれ下がり骨の出ている人、等々で す。私がそばを通ると「水を下さい、水を下さい」と云って私のズボンを引張って哀願し ていました。

 当時「水をやったら死ぬ」と言われていたので水をやりませんでしたが、今考えてみると 水を与えていたらと心残りです。皆さんは殆んど死んだと思われるからです。
 S20年の始めに東京大空襲、沖縄陥落等、南の島(サイパン)が落ちここから飛び立つB 29の空爆が激しくなって戦争は急に不利になった。この時点で敗戦ははっきりしてたの に、軍部は本土決戦を唱えて戦争を継続した。ここで戦争を止めていたら何10万の人が原 爆に会わなくて済んだのにと思うと残念です。

 戦争は勝ち負け両方の国に何らかのキズが残り絶対にするべきではないと思います。
 特に核戦争は人類滅亡のほかなにもありません。
 (2005年)

 2009年1月に米国大統領に就任したオバマ氏が「アメリカは核兵器を使った唯一の核保有国として行動する道義的責任がある」と言明し、国際世論の輪が広がり気運が高まっています。
 来月開かれるNPT会議の成否は人類滅亡の分岐点になりかねない重要なものです。私達被爆者は今が絶好の時です。大いに成果を期待するものです。
(2010年追記)