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長崎の声

女性 直接被爆・距離3.7km(萬屋)
被爆時14歳 9637

写真撮影:松本栄一
被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。
 長崎で学徒として兵器工場に通っていましたが原爆2日前担任の先生が「あなたは顔色 が悪いから2〜3日休みなさい」と云って下さったために爆心地ではなくて少し離れた自宅 にいて助かりました。そう云って下さった先生は顔が割れて亡くなったと聞きました。何 とも云いようのない申し訳ない気持でした。

 原爆投下の日、家族は難を逃れて少し町から離れた高台に避難しましたが、そこから夜 見た町の火の海の光景は忘れられません。
 大勢の友人を亡くしたことを今でも思い出し、この年まで生きて来られたのも、その方 たちの土台の上にあるからと常に思っています。
 終戦になってからも、町のあちこちで亡くなった方たちを焼く匂いが充満していたこと、 そして、蝿がたたみ一畳に50匹ぐらいもいた異様な光景が忘れられません。
(2005年)