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長崎の声

川崎継徳さん 直接被爆・距離5.5km(新戸)
被爆時15歳 / 熊本県八代市11030

写真撮影:松本栄一
被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。
 ○昭和20年8月9日、当番で小ヶ暮寮で廊下を歩いていた。その時突然、物凄い閃光と 共に炸裂音と同時に上空には白い輪の雲が幾重にも出来て、瞬間的に爆風による砂塵、 ガレキ等が降り懸かって来て、何がどうなったのか判らず近くの山に逃げ込んだ。山か ら見る寮の窓ガラスは破れ、屋根瓦も吹き飛んでいた。気が付いて工場(三菱造船所) の同級生のことが気になり、寮当番の鈴木、西田両君と共に、大浦から浜町と長崎駅周 辺へ急ぎ、先の道筋には、火傷、怪我による負傷した人々が泣き叫び、水を求めている。 数知れない死体が散乱し、電車通りでは、人を乗せたまゝ路上に真っ黒に焼けている。 市内の建物は跡形も無く、自分達が今どこの場所を歩いているかも判らずにいた。爆風、 猛火により一面は焼ケ野原である。

 稲佐橋周辺では、荷物を運んでいたであろう、馬車の馬が焼爛れて立ったまゝの姿で死 んでいた。行く先々の路上には、死体の数が増していくのを見ながら、工場にいる同級 生の安否が気付かわれていった。
 ○昭和20年8月15日、何時に出るか判らない汽車を待っている。駅前の広場では、 顔半分焼爛れ、暑さの為に「ウジ虫」がわき苦しんでいる人。又、近くでは、数多くの 死体を集め火葬している。この世のものとは思えぬ地獄絵のようである。
(2005年)