english

ここから本文エリア

  • 閲覧上のご注意

長崎の声

男性 直接被爆・距離3km(伊勢)
被爆時18歳 / 佐賀県上峰町6095

写真撮影:松本栄一
被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。
 1.その当時、昭和20年8月9日、私は家に帰る為、国鉄の乗車券を8月9日AM9時頃 長崎駅で購入していました。原爆投下の為に8月10日山越えして道ノ尾駅まで歩いて1 人で行ったのです。途中で何カ所で負傷者の方と逢い、服はボロボロ、男の方と女の方が 肩を組みながら歩いて帰っていられた事と、駅前広場には満員の負傷者が(やけど)一杯 居まして、時々のどが渇くので水をくれーと声を出していたことを耳にしました。

 そこには兵隊がいました。その兵隊の方が水をのませると死ぬぞーと言ってどなっていました。そ の場所は主羅場で生き地獄のようでした。顔はただれて、頭は大きくなって見るのも眼の やり場がなくて可愛そうでした。今も60年前を思い出します。

 2.同じ20年入社で同じ寮に住んでいた高津一君の事を思い出します。私が切符を買っ てきてやったが原爆で死亡したのでいっしょに自宅へ帰れなかった事が残念でたまりませんでした。

 3.内孫、外孫にじいちゃんが被爆体験談を保存していますので次世代へ知らせたいと思 っております。
(2005年)

 被爆者の一人一人の力は小さくても、世界の人が力を合わせれば、この運動は可能な事と思います。皆様の力を核兵器の廃絶に向けて結集して頂きたく御協力下さい。皆様の上に未来永劫平和であります様、祈願申し上げます。
(2010年追記)