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長崎の声

辻輝夫さん 入市被爆
被爆時18歳 / 広島県三原市6078

写真撮影:松本栄一
被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。
 被爆体験や当時の日本国の状況、状態等々は記述する事が多過ぎます。
 それよりも質問に返事するか、当時を知る人々と共に訴え話した方が適切だと思考します。
 又、補足事項が有れば、小生が記憶して居る範囲で答えます。
 当時、小生は18才の軍人でした。
(2005年)

  1.陸軍歩兵2等兵
 2.当時の陸軍予科士官学校に合格し、昭和20年11月には学校に入校する予定だった。
 3.谷口元治郎中将に可愛がって戴きました。長崎の「グラバー邸」が司令部でした。旅団長でした。巣鴨のプリズンで病死されました。

 1.良く喰べた。焚出しのむすびは天日で乾燥させ、後に、干飯(ほしい)として喰べた。
 2.網場(あば)の漁場の生えびを歯が良かったから―83才の老令になっても歯は現代も丈夫です。美味しく良く丸かぶり(生(いき)えび)した。
 3.当時でも電探が発達していたから、原爆攻撃を受ける直前にうち落してしまえば良い。
 現代はより良い電波兵器が有ると思う。
(2010年追記)

 ※谷口元治郎さんのご遺族からご指摘がありました。谷口さんが巣鴨プリズンで亡くなったというのは、事実ではないとのことです。筆者の記憶違いと思われます。(朝日新聞社)