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長崎の声

女性 入市被爆
被爆時3歳 / 長崎県長崎市1862

写真撮影:松本栄一
被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。
 被爆60周年を迎えて思うこと。
私自身としては幼児だったので記憶が殆どない。しかし生母が昭和21年に死亡している が、何で亡くなったのかは亡父からも全く知らされなかった。亡父は88才で病死したが、戦争で兵隊に行ったことも全く言わなかった。話したくなかったのかも知れません。

 私も県庁に勤務したが、被爆健康診断が本庁で行われていたので必ず受診したが、「あんた、原爆乙女ね。嫁には行けないよ」という言葉の暴力には哀しかった。二人の子供は被爆二 世だが、県外に家庭を持っているので二世健診も受けられないが、特に娘に対しては由緒 ある家に嫁いでいる為、「被爆二世」とは言っていないのが現状である。
 私の希望する事は是非、小泉首相に「原爆資料館」の見学をお願いしたい。原爆の悲惨 さを目で確かめて頂きたい。平和記念式には出席されるが儀礼に終っていると思う。メ ディアもこれを強く書き記してほしいと切に願っている。
(2005年)