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長崎の声

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山口光利さん 入市被爆(坂本)
被爆時15歳 / 長崎県諫早市9916

写真撮影:松本栄一
被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。
 投下された時、私は15才で学校に行ってました。(9日投下)11日に学校から指示で長 崎本線の道ノ尾駅まで同級生と一緒に行き、其の時僕のオジさんも一緒に駅で降りて歩き、 大橋の交差点まで一緒でした。
 オジさんは刑務の看守でした。浦上の刑務に応援だったそうで、別れてからは友達と一緒に行き、途中馬が車を引っ張ったままの姿で死亡して居った のを見たり、個所個所に土を盛り上げて花をかざって居ったりして居った所があり、青い木 は1本もなく、煙突は折れ、ガラスは割れ、今話をしても現在の学生さんの年では信用し てくれぬと思う。
 オジさんはそれから何年位経ったろうか、入院して5年か6年か入院して、 はっきり病名をわからぬまま死し。現在では原爆病であったのだろうと思う。それから後、私 不安です。戦争は二度としない様にお願いしたい。
(2005年)

  毎月健康管理手当を頂いて居ります。本当に感謝致して居ります。お蔭様でヒザの手当に病院へ行って居ります。月20日位はお世話に成って居ります。有難いです。此れからも、続けて下さいます様お願い致します。
 原爆投下後長崎の町へ行った当時の様子を夢に見る時が有ります。二度と戦争は起こらぬ様に祈ります。
(2010年追記)