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長崎の声

男性 入市被爆(諫早)
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写真撮影:松本栄一
被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。
 核兵器で自国防衛をする事が当然と思っている国がいくつもある。
 核兵器を地球上から無くす事を国連を中心に話し合う機会を多くし、平和利用のみに考 えて行って欲しい。
 被爆者援護は有難いですが、戦後60年も経ったのですから生き残っている人はまず幸で す。

 A 国費を圧力で要求することは該当しない。多くの人から好感を得ていないのではないので すか?
 B 「2世に手帳を」反対です。
 核兵器廃絶には頑張りましょう。
(2005年)

 小生は、中4(15才)の時の被爆で諫早市の軍の「ゼロ戦」の修理工場に動員中でした。長崎市までは25km位の地点、原爆投下時は諫早市の工場で作業中。近くの山に避難中でした。午後5時半頃緊急動員がかかり長崎市に救援に汽車で行きました。
 5〜6km近くまで行ったでしょうか。火炎と煙を見ただけで夕刻諫早に戻りました。子供が手伝い出来る状態ではありません。大人も勿論ですが。夕方7時過ぎ何十人かは汽車で諫早へ連れて来た人がいる位。同じ汽車でその夜家へ戻る。

 上記のA、Bが問題でしょう。64年が経っています。生きているだけで幸せです。特に「2世に手帳を」は判別がとても出来ないのではないですか。原爆以外の被害者が沢山いられるし。問題が多いと思います。
(2010年追記)