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長崎の声

岩永洋子さん 胎内被爆(中小島)
長崎県雲仙市4273

写真撮影:松本栄一
被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。
 私はまだ生まれていませんでしたが、2、3才ごろになると、よく母が原爆落下中心地 あたりをよく見せてくれました。電車が焼けこげたもの、橋がこわれたもの、家がこなご なにくだけたもの、全身やけどをおった人達など、毎日のように目にしていました。 その当時の記憶は、いまも鮮明におぼえています。
 夜、ふとんに寝る時は母が原爆の落ちる時見ていた情景をよく涙ながらに話してくれまし た。その後、父が闘病生活の末に亡くなり、生活も本当に苦しかったのですが、原爆で死 亡した人の事を思うと、どんな困難にも負けてはいけないと、自分にいいきかせていまし た。今の若い人にももっと当時の事をおしえてやりたいです。
(2005年)

  永井隆先生の『この子を残して』と云う本があります。切ない我子「茅乃」さんを残して 旅立たれる先生の気持がいまになって痛いほどわかります。また小学校5年生の時に平和公 園に平和祈念像ができました。北村西望先生が直接来られてどうしてこの祈念像を造るのか と云うことを直接説明され熱く語られました。
 まだ幼なかった私は平和祈念像より西望先生の一生懸命に説明される姿の方が心に残りました。平和祈念像を見上げる度に西望先生のお顔とお声がいまも忘れる事ができません。
(2010年追記)