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長崎の声

中里定雄さん 不明
被爆時20歳 / 長崎県大村市1855

写真撮影:松本栄一
被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。
 被爆直後弟が長崎電鉄の報告隊員として出勤していたので探しに行き蛍茶屋の終点より 防空壕に行き弟を探し当てたが、ガラスの破片で上半身血みどろで消毒するすべもなく稲佐 の防空壕まで連れて行き身体を拭いてやったが、ガラスの破片等で傷が消えず新興善小まで 行き消毒して貰った事を記憶している。治療するにも消毒薬もなく困り果てた事を想い出 す。長い年月の想い出を経て悲しい思いである。
 長崎原爆の惨過は筆舌につくしがたい。思い出したくもない状況であった。死体の処理等を見て原爆の悲惨さと、人々の営みのあわれさを心より思い浮かべて過した。
 周囲なくなった妹やその他の人の死の状況を見て世の地獄を見た。
 原爆等の行為は二度と繰返してはならない此の世の末期である事を自覚すべきある。
(2005年)