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長崎の声

古木泰男さん 健診
被爆時14歳 / 長崎県長崎市1837

写真撮影:松本栄一
被爆地の光景を紹介しています。写真はメッセージと直接関連はありません。
 1.原爆投下当日、原爆が落ちた後、空が雨雲になり、その後、紙きれや土などが落 ちてきた。夜長崎市内の方向が真っ赤なほのおの色で明るかったこと。8月10日に なると被爆者が歩いてきたこと。

 2.私より1級上の女子は長崎市内の軍需工場に女子挺身隊員として働いていて、被 爆した。尾上さんが母親につれられて病院に通っていたが1週間で亡くなっ たことを今も思い出す。14才の少女の死を今も忘れられない。
 3.原爆資料館の充実や被爆の遺構を残して被爆実相を伝え、二度原爆をつか わせない、平和な社会建設を願う。長崎市内の被爆の小学校などがとりこわされてい るが、私は反対。被爆の遺構こそがなによりも核兵器を再びつかわせない説得力が あると思うから。
(2005年)