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《平和を祈る人たちへ》
ヒメジョオン

井野口 慧子(旧姓 吉岡)
高校十四回、広島県東広島市在住

 雨上がりの庭に屈みこんで 夏草を抜く
 不意に ヒメジョオンの眼と会う
 ―― あの時の眼だ

 観音小学校の片隅に 崩れ落ちたままの廃墟があった
 かっては講堂だったと聞いたが そこで何があったのか 
 教えてくれる者は誰もいなかった
 空洞になった建物のいたる所から 折れ曲がった鉄骨がぶら下がったり 
 地中から突き出したりしていた
 瓦礫の間から か細い草の足が あちこち立ち上がっていた
 残骸の中から溶けたガラス玉を拾い集めて 時々ふうっと降りてくる青い光に 
 透かしてみたり 土に穴を掘り底に埋めてガラス板をかぶせ
 秘密の宝物にした
 セルロイドのキューピー人形 マッチ箱の箪笥・・・ 少しずつ運んで 
 くる日もくる日もそこで過ごした
 どこからか風が吹き寄せて 白い花たちが いっせいに頭を揺らしながら 
 踊った ――
 ムジュンニ ミチテイタ
 ワタシノ ヨウネン
 (校庭では マネキン人形のように積み上げられた死体が焼かれた 
 両親を焼いた中学生もいたんだと聞いたのは つい最近のことだ)

 陽が沈むと一日はきっぱりと終わり 闇が家々を覆い隠した
 父が下の弟を背負い 母は上の弟の手を引いて
 わずかな明かりを頼りに 私の前を歩いていた
 下の弟が リル リル どこにいるのかリル・・・ 歌い始めると
 父たちは大声で 誰かリルを知らないか 声を揃えて歌った
 私は石鹸がコトコト鳴る金盥を抱きかかえて
 必死でついていった
 転ばないように まっすぐ歩かなければ ちゃんと 一人で歩かなくては・・・
 窓から仄かに漏れる光に
 いつのまにか莟を一杯付けた小さな白い花たちが すくっと浮かびあがった
 私は黙って肩を並べ 歩いていった

 太陽が凍りついた あの受難の瞬間にも
 命を死守していた種子たち

(第十五回伊東静雄賞佳作作品を改稿 二〇〇五年一月発表)